僕と彼女と妹たちとタコな日々

 

 ある日 僕は海岸でタコを拾った。

 波打ち際にクラゲのように打ち上げられていたそれは、少し干からびていた。持参していた硝子ビンに海水を入れて放してみると、少し膨らんで、苦しげに閉じていた目を開けた。黄色に黄緑色の斑模様のある変わったやつで、覗きこむと目が合った。眼つき非常に悪し。

『なんやオトコか……』

 このタコ、今しゃべったか? しかも関西弁?

 僕は激しく瞬きをする。

「招くんドシタノ?」

 波打ち際で貝殻を拾っていたマープルちゃんが駆けよってくる。

 マープルちゃんはイギリスから来た交換留学生だ。一つ下の妹りいの友達で、家も近所だという縁で、いつしか僕とマープルちゃんは近くの海岸まで犬の散歩をさせるのが日課になっていた。愛くるしいクリックリの瞳に豊かな栗色の髪、ホットパンツからすらりと伸びた足は何度見ても惚れぼれする。ゴールデンレトリバーのスリーパーが彼女の脚を見る度に興奮するのがちと気になるが、マープルちゃんと散歩する時間は僕の宝物になった。

 

「ほら、見てごらん。タコだよ」

「ワーオ 変な色のタコだネェ。眼つきがトテモわるいヨ」

 マープルちゃんが恐々とビンを覗きこむ。

「こいつ、さっきしゃべったんだよ」

「ヤダ! 招くんったら、ウソ言っちゃダメタヨ?」

 クスクス笑うマープルちゃんは天使のようで、僕はぼんやりと見つめてしまう。

『なんや おまえら デキとるんか? もっとちちデカイのおらへんのんか』

 僕は凍りつく。このタコ、なんか今凄い下品なこと言わなかったか?

「このタコ、今なんかしゃべったネ。なんて言ったノ?」

 良かった、マープルちゃんには聞こえてなかったようだ。

「僕にもよく聞こえなかった。気味が悪いから捨てようか?」と僕が言うと、

「ダメダメ、リイにも見せたいし、ナノハだってきっと見たいって言うヨ〜。持って帰ろうヨ」とマープルちゃんは言い張った。ナノハというのは、僕の二番目の妹だ。

 

 マープルちゃんは変わった生き物が大好きで、ゾンビとかヴァンパイアとかを研究するのが趣味なのだ。だからたぶんUMAなんかにも興味があるに違いなかった。しゃべるタコなんて怪し過ぎてUMA以外の何物でもないではないか。

 僕はマープルちゃんに見せたことを少し後悔しながら、タコを持ち帰った。

 

 リビングテーブルの上にビンを置いて四人で覗きこむ。四人というのは、僕とマープルちゃんとりいとナノハの四人だ。

「え 何これ。変な色のタコ。お兄ちゃんこんなの拾ってきてどうするの?」

 ナノハは面白そうにビンを覗きこむ。

「やっぱタコはタコ焼きだよね〜」

 りいはヘラをチャンチャキ鳴らす。

 タコ焼きにはヘラ使わないだろう。お好み焼きだろう……

というツッコミは心の中に留めておく。お兄ちゃんは細かいからモテないんだよ

などと反撃されることは目に見えているからだ。

「このタコね、しゃべるんダヨ。ほら、なんかしゃべりなヨ」

 マープルちゃんはそうに言って、タコをお箸でつついた。

『なんや、このけったいな娘どもは〜 ちちもんだろか』

「……っ」

 僕は息を呑む。だけど……。

「大阪弁だね」と冷静なナノハ。

「大阪と言えばやっぱタコ焼きだよね〜」と嬉しそうなりい。

「ね、しゃべったデショ」と得意げなマープルちゃん。

 そこ? つっこむところはそこ?

 タコのしゃべった内容に動揺しているのはどうやら僕だけらしい。

 

『何じろじろ見とんねん、おまえら まとめて縛りあげたろか』

 おいおいおいおい、何だよこのタコ、マジでガラが悪すぎだろ?

 しかし、もっと驚いたのはこの後だった。

 突然タコが硝子ビンの中から触手を伸ばしてきたのだ。蛍光色のまっ黄色なヌメヌメした触手がビョオ! と出てきたかと思うと、目にもとまらぬ速さでナノハの胸に貼りついた。

「きゃあ」

「こいつ! 僕の妹になんてことを!」

 僕は慌ててナノハに伸びた魔の手を引っぺがした。

『なんや ケチケチするなや。減るもんやあるまいし』

 ジタバタ暴れるタコを僕は手近にあった縄で縛りあげた。八本の足と二本の触手をまとめて縛ったので、縛られた先が花のように開いてイソギンチャクみたいだ。タコがもがくものだから、ぶら下げているだけで勝手に上下して、夜店で売っているヨーヨーみたいに揺れる。柄もそんな感じだし。

「なんか、可愛くなったな」

 そう言って僕が笑うと、ナノハが不敵な笑みを浮かべた。

「お兄ちゃん、その縛り方なってないわね」

 え? どーしたナノハ? なんか目がコワイぞ?

「やっぱり縛りあげるのなら亀甲縛りでしょお」

 えええええええ〜

「ちょ、ちょっと待てナノハ、そんなこと兄ちゃんは教えた覚えないぞっ」

 い、いや、そんなの兄が教える方がヤバいじゃねーか。

「や、そーじゃなくって! なんでおまえそんな言葉知ってるんだ!」

「だってお兄ちゃんのベッドの下の雑誌に載ってたじゃん。縛り方の図解まであったし」

 ええええええ〜 なんで勝手に僕の部屋の雑誌なんか見てるんだぁぁぁ。ってか、マープルちゃん僕のことを睨んでる? 睨んでるよねぇ。

「え? や、違うよ。あれは僕のじゃなくって……悪友の茶林ってやつが勝手に置いて行ったのであって……」

「ワタシ、招くんにならシバラレてもいいヨ」

 ええええええ〜 そーゆー展開? それマジに受けてもいいのかよ。いや、でもちょっと待て、これで嬉々としてそんなことしたら、あの雑誌をじっくり読んでたことがばれちまうんじゃね? どうする? どうするよ〜オレ〜

『おい、おまえら、ワイのことをもっと注目しろや。しゃべるタコなんやぞ! 珍しいUMAなんやぞ』

 タコがなんか怒っているようだが、それどころではない。

「マープルちゃん、ダメだよそんなこと迂闊に言っちゃ、男はみんなオオカミなんだから……」

「だって、ワタシ招くんのこと好きダモン。このまま来月イギリスにかえったら、きっと招くんはワタシのこと忘れちゃう。ワタシのことを忘れないでいてホシインダヨ」

 ハシバミ色の大きな瞳が僕を見つめる。

 天使だよ〜 天使降臨だよ〜。

「マープルちゃん……」

 僕はマープルちゃんを夢中で抱きしめた。

『ゴルァ! おまえら! なに勝手に盛り上がっとんじゃ! ワイを無視すんな!』

「お兄ちゃん達は盛り上がってるから、私が亀甲縛りにしてあげるね」

 そう言いながらナノハが嬉しそうに紐を解くと、

『ワイをおまえの好きにできるとおもたら、大間違いやで!』

 タコはそう言い捨てて、シュタッとダイニングテーブルの上に降り立ち、カサササササと見事なゴキブリ走行でキッチンへ逃げ去った。

 

 バタン ピッ ピッ ピー うぃぃぃぃん

 あれぇ? 今、中になんかいた? ま、いっか〜。

「りい? おまえ何をしてる?」

 タコを追いかけてキッチンを覗くと、りいが電子レンジを使っていた。

「え〜? 何って、みんなお腹がすいてるみたいだからチャーハン作ってあげようと思って〜。ほら、お腹すくとイライラするって言うでしょお? 今ね〜 冷凍ご飯を解凍してるとこ〜」

「いや、そーじゃなくて……今そっちにタコが走っていったと思うんだけど……。まさか……」

 キッチンに集まったみんなが瞠目して見つめ合う。なぜならば、キッチン中に蒸しダコの良い匂いが漂ってきたからだ。

「あらら、やっぱり蒸しダコになってるみたいよ?」

 ナノハが電子レンジの蓋を覗きこむ。

「いーニオイね」

 マープルがうっとりと目を閉じた。

 そんな彼女に僕はドキリとする。キスしちゃうぞ〜

「こうなったらやっぱりタコ焼きにしちゃう〜?」

 りいがによによ笑う。

「わお〜ん」

 匂いにつられてスリーパーまでキッチンにやってきた。

 

 しかし、あんなキテレツなタコを食べても大丈夫なんだろうか。

 僕は恐る恐る。電子レンジの蓋を開けてみた。そこには水分を失って縮んだタコが鎮座していた。

『おいこら、おまえ! なんちゅーことしくさるねん。ワイが入っとるの知っててやったんやろがっ! このちぃぱいがっ』

 タコは身が縮んで硬くなり自由に動けなくなってしまったようだが、相変わらずのガラの悪さで、ちょっとだけ気の毒にと思っていた僕の同情心を木っ端みじんに粉砕した。

「煮ても焼いても食えないとは、こいつの為に出来た言葉なんだな」

 タコをつまみ上げてみると、ゴムのようにビョョョンビョョョンと揺れる。

「あっ」

 思わず、手が滑って床に落としてしまった。タコはまるでスーパーボールのように弾んだ。

 

◆ ◇ ◆

 

「スリーパー! ほーら、とってこーい」

 びゅーんとタコを投げると、ワホワホ吠えながらスリーパーが追いかける。縮んで良く弾むようになったタコは、蒸しダコの良い匂いがするし良く弾むしカラフルだしで、スリーパーに気に入られて、今は彼の玩具箱の中で暮らしている。

『きょぬー』

 とか未だに下品なことをしょっちゅう呟いているが、まぁあまり気にならない。もう触手も伸びてこないしね。

 マープルちゃんはイギリスに帰っちゃったけど、未だにメールでよくやりとりしている。今度の冬休みには湖水地方にあるマープルちゃん家の別荘に遊びに行く予定になってるんだ。まぁ、りいとナノハも一緒だから賑やかに過ごすことになるんだろうけど。今から楽しみだ。タコも連れて行ってやろうかな。何と言っても、タコのお陰でマープルちゃんと恋人同士になれた訳だしね。

 

(了)

 

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本作品の登場人物は架空の人物ではありますが、特定の人物を参考にしてキャラづくりしたものです。
でも、まぁ、苦情は右から左に流しますのであしからず(^^)/ 招夏

 

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