No | 小 説 | お題 |
1 |
私は困惑する。目の前にいる自称皇帝は私に魔法を見せろとのたまう。 魔法なんて使える訳ないじゃん。私、普通の人だよ? 夢か幻だろうと皇帝に触ってみたけど、どうやら実在しているようだ。 仕方がないのでバッグの中からケータイを取り出した。 ゲームでもさせて誤魔化すか。……困ったな。 |
困惑 皇帝 幻 |
2 |
魔法使いでないならば、戦士だなっ。 皇帝は何を勘違いしているのか私に剣を手渡した。 よもやパンプス履いて剣を振りまわすことになろうとは……。 スコーン食べたきゃ剣術を見せろって? 私は単なるOLなんだってばぁ。 腹が減っては戦はできぬって言葉、この世界にないの? ……困ったなぁ。 |
パンプス スコーン 剣 |
3 |
この世界は今秋なのらしい。真っ赤に色づいた珊瑚のような木々が山を彩る。 葉だけでなく幹まで色づいているのが不思議だ。 「さては、余の才能に嫉妬しておるな?」 背後から皇帝の声がした。私はこの人に召喚されたらしい。 その才能を呪っているんですよ。マッタク勘違いも甚だしい。 |
秋 嫉妬 才能 |
4 |
「余は疲れたのじゃ。少し休みたかっただけなのじゃ」 何故召喚などしようとしたのか問う私に、王は涙を浮かべて項垂れた。 王冠が落ちるんじゃないかと冷や冷やする。 「もっと有能な何かが出て来ると思ったのじゃ」 はいはい、何の役にも立たない人間が出て来て悪うございましたよ……。 |
休み 涙 王冠 |
5 | チョコレートを包んであった紙で折鶴を折る。 赤、黄、紫。じゃんじゃん作る。時間は腐るほどあるのだ。 「どれだけ作るつもりなのじゃ?」 微笑む皇帝が背後に佇んでいた。 願いが叶うまで。そう思っているのに言葉が出ない。 元の世界に帰りたい。なぜだろう、その一言が言えなくて……。 |
チョコレート 折り鶴 微笑む |
6 | 帝位について十年。民にとって幸福とは何かをずっと考えてきた。 衣食住が満たされればそれで幸せなのか。答えは否だ。 小娘はお菓子の紙で折り紙の鳥を作っている。その懸命な様子に余は思う。 何かが足りぬのだろうと。そうだチョコだけではダメなのだ。 ディナーには鳥を用意させよう。 |
幸福 お菓子 折り紙 |
7 | ボタンを外す手がくすぐったい。 そんなこと自分でやると言ってるのに聞き入れてもらえない。 皇帝ならともかく、女帝でもない自分が、 なぜ服の着脱までやってもらわねばならないのか。いい迷惑である。 OLだった頃には憧れさえしていた王族の暮らしは、 三日経った時点で嫌になっていた |
ボタン くすぐったい 女帝 |
8 | 余が描いた国という箱庭の中に民の笑う顔は必須だ。 だが我が身を振り返ってみれば、後宮には色欲と権力欲が渦巻いていて、 笑顔など久しく見ておらぬ。 余が持ち帰った子猫と戯れる小娘を見て、それを今思い出した。 余に足りないのは心の栄養なのかもしれぬ。疲れが少しとれた気がする。 |
箱庭 色欲 渦巻く |
9 | 金細工の高杯皿の上に山盛りにされた旬の杏と、 精緻な彫りを施したカメオの首飾り。 子猫を贈ってくれた皇帝は、次の日も私に贈り物をくれた。私は首を傾げる。 なんかいいことでもあったのかな? 子猫が転がる杏を追いかけている。 笑い転げて振り返ると、皇帝が満面の笑みで立っていた。 |
金 アンズ カメオ |
10 | よく笑うようになった皇帝を見て私は思う。 彼を笑わせることが、私の召喚理由だったのではと。 ならばもう役目は終わりなのだろう。そこで 「そろそろ帰りたいのですが……」と言ったのだけど、皇帝は何故か怒りだした。 拒絶されるとは思わなかったよ。驚いた私は裸足で部屋を飛び出した。 |
笑う 拒絶 裸足 |
11 | 見知らぬドアを開けると宮殿の中庭に出た。 夜空には二つの月。大きいのと小さいのと……。ここは本当に異世界なんだ。 桃がたわわに実った木の下で佇んでいると背後から抱きしめられた。 否、巻きつかれた? 慌てて振り返る。巨大な象のような動物が、その長い鼻で私を持ちあげていた。 ぎゃあ、なにこれっ! |
月 桃 抱きしめる |
12 | ミルフィーユのように幾重にも重なったパニエのせいで、 裾がふんわり広がったドレス。 しかも私は短剣を持たされていた。護身用なのだそうだ。きちんと刃が付いている。 パンツスーツに身を包みキーボードを叩いていたOLがひどい変わりようだ。 私は、象の背中で揺られながら溜息をついた。 |
ミルフィーユ ドレス 刃 |
13 | 高所恐怖症の癖に、つい観覧車に乗って後悔するように、 言われるままに着てしまったミルフィーユのようなドレスの裾にため息をつく。 私はパンツスーツを脱ぐべきではなかったのだ。 私はこの世界の住人ではない。 そもそも、三人も妻のいる皇帝なんか好きになるべきじゃなかったのだ……。 |
観覧車 ミルフィーユ 後悔 |
14 | 余の三人の妻たちは、それぞれ隣国の姫たちだ。 余には国を安寧に保つ義務があった。 池の魚を覗きこみながら甘い桃を苦い思いで噛む。 だから余には分からぬのだ。恋人たちが何をするのか、 どういった会話を楽しむのか。 しかも妃奈はこの世界の住人ではない。分からぬことだらけなのだ……。 |
魚 噛む 恋人たち |
15 | 余は皇帝だ。この国に余のものでないものはない。 他国のものでも金を惜しまなければ何でも手に入る。そう思っていた。 それは余が人の心を手に入れたいと思ったことがないからだ。 今余には手に入れたい者がいる。 だがあれは自分の国に帰りたがっている。そこに余はおらぬというのに。 |
皇帝 金 惜しむ |
16 | 「余は生まれた時からこの王冠を被ることが決まっていたのだ」 象の背にゆられて辿りついた池の傍のあずま屋に皇帝がいた。 インクを溶かしたような池の水面に灯火が映って揺らめいている。 諦めたようにぽつりぽつりと語り始めた皇帝に、 何故だか私は胸がざわざわするのを感じていた。 |
王冠 インク 諦める |
17 | 皇帝自ら注いでくれた飲物を口に含むと、甘くて幽かに桃の香りがした。 「この中庭を一人でふらつくでないぞ。迷子になるからな。 象と一緒ならまず心配ないが……」 そう言いながら自分も飲物をあおる。 「そちはあの山を知っておるか?」 指さす方にはモンブランのような山がそびえていた。 |
飲む 迷子 モンブラン |
18 | 自室でホットチョコレートを飲みながら考える。 明日皇帝と山へ行く予定なのだ。それにつきあったら向うに帰してくれると言う。 明後日は筋肉痛だね。あの山すごく高そうだし……。 ため息をつきながら、やたら優美なシュシュで髪をまとめ、 細工物のような天蓋付き豪華ベッドに横たわった。 |
ホットチョコレート シュシュ 細工物 |
19 | 山に登るのは徒歩ではないらしい。 私は、驚いて口を開けたまま、湖の畔に蹲る一匹の翼竜を見上げた。 皇帝が桃を差し出すと竜は嬉しそうに食む。 皇帝自ら手綱をとって竜の背に跨ると、私を引っ張り上げて自分の前に座らせた。 ムスク系の香水のよい匂いに包まれて、なんだかドキドキする。 |
湖 桃 香水 |
20 | 「それでは周りが見えぬだろう?」 竜が上空に飛び上がるや否や、妃奈は余の胸に顔をうずめたまま 視線を上げぬ。せっかく王国の全貌を見せてやろうと思うたのに。 これではドレスを運んでいるようじゃ。 仕方ないので一人地上の緑野を眺め、 余が治めてきたこの十年の歳月を偲ぶことにした。 |
王国 ドレス 偲ぶ |
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No | 小 説 | お題 |
21 |
私は皇帝の胸に顔を埋めたままカチンコチンに固まっていた。 観覧車でさえ怖いのに、竜の背に乗って空を飛ぶなんてありえないでしょ。 離してなるものかと皇帝の体にしがみつく。 慈悲深そうな声で恐れずに前方を見てみよなんて言ったって無駄ですよ。 湖なんてどうだっていーんですから。 |
慈悲 恐れる 湖 |
22 | しがみついたまま顔を上げると皇帝のラピスラズリ色の瞳と目があった。 今日が終わればお別れだ。切ない気持になるのは私が愚者だから。 そう自分に言いきかす。 皇帝とOL、いっそ気持ちがよいくらいに立場が違う。 竜の優美な赤紫色の翼が下降し始めて、私はこっそりため息をついた。 |
ラピスラズリ 切ない 愚者 |
23 | 湖面に映った空に雲がゆったりと流れる。 山頂ゆえに空と湖の間を遮るものがないのだ。 美し過ぎて妖怪でも出そうだとヘンテコなことを言って怖がる妃奈を竜から下ろす。ここには一年に一度来るのが習わしだ。だが今年は一人で来たくなかった。 一年間の礼を込めて、余は竜を解き放った。 |
美しい 妖怪 怖がる |
24 | 湖畔の小さな丸太小屋。明日の朝、太陽が昇り始めるまでここで過ごすらしい。 ええ〜、今夜ここで皇帝と二人きり? 私は落ち着きなくドレスのリボンを指に巻いては解くを繰返す。 皇帝はいそいそとロフトに上がり、巨大な寝袋を二つ下に放り投げた。 私は寝袋を抱きしめたまま途方に暮れる。 |
太陽 リボン 抱きしめる |
25 | 下りてきた皇帝に動揺して、ミントの香りの寝袋を抱えたまま後ずさると、 腕を掴まれた。 「気をつけよ。その鏡に触れてはならぬ」 背後には大鏡。 「これは召喚魔法を補助する鏡なのだ。幼き頃は余もこれを使って練習したものだ」 皇帝は、懐かしむように大鏡の豪奢な枠に指を這わせた |
ミント 鏡 懐かしい |
26 | 鈴の音とともに皇帝の額から飛び出した光の粒は、パンになった。 私は目を見張る。 暗闇の中で召喚した料理を一緒に食した。 私もあんな風に掌から出てきたのかと問うと、皇帝は苦笑した。 「そなたは余の頭から出てきたのじゃ。パンプスとやら言う履きものて゜蹴られて、痛かったのじゃぞ」 |
鈴 闇 パンプス |
27 | 暗くて怖いと言ったら皇帝は魔法で人工太陽を出してくれた。 それは仄かに明るくて太陽というより月みたいだ。 寝袋を持ったまま困惑してうろつく。好きな場所で休むが良いって言われてもなぁ。気づくとあの大鏡の前にいた。恐々と覗きこむと、 スイッと寝袋が中に吸い込まれた。あっ… |
魔法 太陽 困惑 |
28 | 鏡に手を伸ばす妃奈を慌てて抱きとめる。 嫌がられるかもしれぬといつも躊躇していたのだが、咄嗟のことで気にする間もなかった。鏡の奥から歌が響く。逆召喚が終了した合図だ。 なんと危ないことを。きつく叱らねばなるまいと妃奈を見て驚いた。 瞳に星が宿っている。泣いておるのか? |
嫌がる 歌 星 |
29 | 寝袋は先代の帝から贈られたものだそうだ。 そんなの鏡の中に落としちゃうなんて。打ち首だろうか? いやいや皇帝はそんな残酷なことしないよね? でも罰として召喚した巨大な鳥籠に閉じ込めるとかアリ? ん? 私、引き止められることを期待してる? バカ……だよね。住んでる世界が違うのに。 |
贈る 残酷 鳥籠 |
30 | 何を考えて泣いておるのかと思えば……。 緊張を解いて脱力する妃奈を呆れて見つめる。寝袋ごときで打首など、余の王国でそのような不条理は許しておらぬ。 寝袋などいくらでも出せるわ……と言いかけてやめる。 ドレスの背ボタンを見てふと気づいたからだ。寝袋より先に夜着が必要じゃな……。 |
緊張 王国 ボタン |
31 | この国の女性の夜着はどうしてこうも挑発的なものばかりなのか。皇帝が取り出したものを見て顔を顰めた。 こんなの着たくない皇帝のを貸してほしいと言ったら、 一曲踊るなら貸してやると言う。魔法の鏡から緩やかな曲が流れだす。 背中に回された大きな手。剛毅そうな瞳。釘づけになる |
踊る 背中 剛毅 |
32 | 余の夜着を着て星図盤を覗きこむ妃奈に釘づけになる。 好奇心に輝く瞳は、余が遠い昔に置いてきたものだ。 余には双子の弟がいた。ボンボンショコラの中身を当てあったり、どちらがより賞賛を得られるか召喚を競ったり……。 余は弟の瞳に光を見たし、弟は余の瞳に同じ光を見たはずだった。 |
星図盤 ボンボンショコラ 賞賛 |
33 | 弟は何かにつけ余の一歩上を行くやつだ。それが世に出る際に一歩出遅れたが為に、余の配下となって北国の領主となっておる。 北の領地は紫色のオーロラが舞う極寒の地だ。 弟ならば、妃奈はこれほどまでに帰りたがらぬのだめうか。 じわりと湧く嫉妬。たまらず彼女を背中から抱きしめた。 |
紫 嫉妬 背中 |
34 | 抱きしめた妃奈の胸元を飾っている首飾りに気づいて激怒する。 創造神プタハの杖は、弟の印だ。 これはどうしたと問い詰めると衣装を用意した者が付けたと言う。余は驚愕する。 国境を接している北方の国が武器を集めているという噂を聞いていた。 弟が、しばしばその国と接触していることも |
首飾り 創造する 激怒 |
35 | 双子の弟がいるのだと説明すると、妃奈は羨ましがった。 余が怒っておるのに気づかぬのか? 「だって……私一人っ子で兄弟が欲しかったんだもの」 だと? 思わず吹きだす。 おまえというジョウロの中には幸福という名の水が入っておるのだろうな。 世界がみなおまえのようだったら良いのに……。 |
ジョウロ 幸福 世界 |
36 | 昨夜はほぼ眠れなかった。皇帝の愚痴に付き合っていたからだ。 本来ならば王家に男児ば一人した授からない。 それがこの世界の決まりなのらしい。 双子だったのは異例中の異例なのだ。子どもの頃は楽しかったのに……。 湖の畔に立って登り始めた太陽を見つめながら、皇帝はため息をついた。 |
本 湖 太陽 |
37 | 先ほどから、皇帝は太陽に向かって何やらぶつぶつ呟いている。 微かに動く唇からは何を言ってるのか読むことはできない。 「そろそろ来る時間じゃ」 皇帝が振り向いた。その決然とした静かな瞳に私はたじろぐ。 何? 何が来るの? その時、鏡のような湖面の向うから巨大な影が立ちのぼった。 |
唇 読む 時間 |
38 | 巨大な影は、ゆるやかに羽ばたきながら湖畔に立つ私たちの元に降りてきた。 戦車を思わせる鋼色の体躯に白銀の翼。漆黒の瞳が精悍だ。 前の竜が艶やかだったのに比べ、こちらは荘厳な感じ。 触ってもいいかと訊く為に皇帝を見上げてハッとする。 彼が強ばった顔で竜を凝視していたからだ。 |
湖 戦車 触る |
39 | 竜替えの日はいつも緊張する。竜の色がその年を象徴するからだ。 昨年は赤紫のボディに瑪瑙の瞳だった。 なのに今年の竜の色彩の無さはどうだ。目などブラックホールのようだ。 余は愕然とする。 「精悍な感じでカッコいいですねぇ」 とピンボケなことを言って笑う妃奈に救われた気がした |
瑪瑙 ブラックホール ピン |
40 | 新竜に乗って城へ戻った。竜を見た時の王宮の人々の反応にたじろぐ。 大抵の人は驚愕しており、皇帝付きの女官などは目を袖で押えている。その中に、嫌悪に満ち溢れた瞳で私を見つめている少女がいた。 妖精のような愛らしい少女だ。 太陽が眩しい角度ではないから、怒っているのだろう |
嫌悪 太陽 妖精 |
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No | 小 説 | お題 |
41 |
私は困惑しながら窓の外に視線を投げる。 仕事が終わり次第帰してやるからそれまで待っておれと言われた部屋から、半ば拉致されるようにここへ来た。 これじゃ皇帝は私の居場所が分からないよね。目前の妖精のような少女の頭には小さな王冠。王女…かな? お后様? ……ってことはないよね。 |
困惑 窓 王冠 |
42 | その少女は皇帝の后だそうだ。アデライードなんちゃらと長たらしい名を名乗る。 気取った王冠よりもティーカップに添えられたドーナツの方が、よほど彼女にはなじんでいてほほ笑む。 ところが彼女は気色ばんで声を張り上げた。 「エルの国の王よ。そなたは何のために我が国に来たのか」 |
ティーカップ ドーナツ 色 |
43 | エルの国? 鳩豆状態で首を傾げていると后は立ち上がって声を荒げた。 「あのように不吉な竜を連れて来るのならば、そなたなど要らなかったのじゃ」 不吉な竜? 私は更に首を傾げる。そんな私に苛立ったのか彼女は靴を踏みならした。 空色の、角度によってはエメラルド色に見える瞳が睨む |
靴 空 エメラルド |
44 | 竜の色がその年を象徴するなんて知らなかった。私は動揺する。 逆に、自分はOLなのであってエルの国の王ではないと説明すると、幼い后は顔色を失った。 では何故陛下はおまえを竜替えにまで伴なったのかと詰問する。 付いてこいと后に命令されて、私は磁石に引きつけられるように廊下に出た |
色 磁石 廊下 |
45 | 色の無い竜はその皇帝の治世が終わることを意味するらしい。それを覆すには、魔法の庭に実る祝福のゼリービーンズを竜に食べさせなければならないと、幼い后は美しく巻いた髪を揺らして説明した。 責任をとって探して来いと連れて来られたのは象がいた中庭だ。 桃はたくさんあるけれど |
祝福 ゼリービーンズ 髪 |
46 | 祝福のゼリービーンズってなんだし。 ひとり中庭をとぼとぼ歩く。 象さんは出払ってるのかな? 姿が見当たらない。お后さんは鈴のような音がするって言ってたっけ。でもさ、魔法使いの皇帝に召喚してもらった方が早いと思うんだよね。私が探すことにやけに執着してたよなぁ……なんでだろ |
鈴 魔法使い 執着 |
47 | 苺が実っている木を発見。匂ってみると苺とは違う甘い香りがする。 枝を揺すってみたけど鈴の音は聞こえなかった。一つ口に入れてみると爽やかに甘い。三粒食べたところで足がふらつき始めた。 ありり? これ酒入り? 木の根元に座りこんでクスクス笑う。退屈しない国だよなぁマッタク |
苺 酒 退屈 |
48 | 月が天高く上がった頃に仕事が一段落した。 妃奈は遅いとへそを曲げておるに違いない。余は珍かな菓子を手土産に部屋へ戻って驚いた。 おらぬ。 聞けば第一后妃に伴われて出て行ったという。アデルめ、また良からぬことを。余の姪に当たる形ばかりの后なのだが、少し悪戯が過ぎるようじゃ |
月 お菓子 驚く |
49 | 妃奈の行方を聞きだして真っ青になる。 あの庭を一人でふらついてはならぬと言い渡しておいたのに。 かなり奥まった場所にあるニセ苺の木に、余が贈ったカメオが落ちていた。 それはつま先に掛ってサラリと儚い音をたてた。辺りには鉄錆にも似た血の匂いが立ちこめている。妃奈っ。 |
つま先 贈る 鉄 |
50 | ふと目を覚ますと、オニキス色の鋭い爪が顎を掴んでいた。漆黒の瞳。整った顔立ちだけど邪悪さがにじみ出ている。胸元に創造神プタハの刺青。 「ここに居るということは王族のものだな? まぁ、味をみれば分かるがな」 それはいきなり私の首筋に噛みついた。 いたっ! 嫌だ、助けて皇帝。 |
オニキス 掴む 創造する |
51 | 「おかしいな。王族かどうか分からない」 魔族の男は首を傾げた。 あの苺のせいなのか体に力が入らない。できるのは泣くだけだ。 やがて私は木の根元に開いている洞の中に担ぎ込まれた。 中は隧道になっていて、ランプが薄暗く照らしている。基礎は平らなようだから人工的な洞なのだろう。 |
泣く ランプ 基礎 |
52 | 隧道の先には地底世界が広がっていた。 体を動かせぬまま視線を巡らせ錯乱する。 ほの暗い壁面にはたくさんの見なれぬ文字。そこには大勢の魔族がたむろっていた。その中の一人が、肩に担がれたままの私に近寄って顔を覗きこむ。色欲にも似た妖しく濡れた視線に、私は思わず目を閉じた。 |
錯乱 文字 色欲 |
53 | 顔を近づけた魔族からはウィスキーの匂いがした。ハイヒールで蹴りたい。 「おい、手ぇ出すなよ。人間なんぞに魔力を持たせるとどうなるか分かっただろ? 王族だけでたくさんだ」 どういうこと? 私は奥のベッドに放り投げられた。枕元には香炉が置いてあり、甘ったるい匂いを放っている 。 |
ウィスキー ハイヒール 香炉 |
54 | ぐったり横たわっていると一人の女魔族が近づいてきた。凄まじいほどに美しく妖艶なその横顔。 あれ? この人誰かに似ていない? 彼女が歩くたびに鈴の音がする。 それは彼女が持っている箒から聞こえているようだ。 「王族かどうか、私が判じよう」 彼女の美しい唇が、私の首筋に噛みついた。 |
鈴 横顔 箒 |
55 | 意識がぼんやりする。日に二回も血を吸われるなんてありえないでしょ。蚊ならともかく。絹糸のような金の髪が顔に触れてくすぐったい。 その時、一斉にざわめく声がして、誰かが大股で歩み寄ってきた。 「妃奈、無事か?」 気遣うようなラピスラズリの瞳に、私は安堵のあまり涙が零れた。 |
気遣う ラピスラズリ 絹糸 |
56 | 皇帝は私を見るや驚愕して、女魔族の手首を掴んで引き剥がした。 「何のつもりじゃ? お祖母様。この娘は王族ではない。分かっておるでしょう?」 皇帝の言葉に驚愕する。そっか誰かに似ていると思ったよ。 皇帝と女魔族は鏡像のようによく似ていた。服は違うけど。 二人の間で火花が散る。 |
手首 鏡 火 |
57 | 「お前に祖母扱いなどされたくないねぇ。滅多に会いにも来ない癖にさ」 女魔族が文句を言う。こんな物騒な所に度々来れるかと皇帝は悪態をつきながら、さっさと靴を履かせて私をひょいと持ち上げた。 「来月、塔に竜旗を立てます。お祖母様もおいでください」 そう言い残すと踵を返した。 |
悪態をつく 靴 塔 |
58 | 「お待ちよアレク、性急な子だねぇ」 女魔族は皇帝を引きとめた。アレクって名前なんだ……。 「その娘が召喚された理由をおまえは知りたくないのかい?」 皇帝は何故か顔を顰めて慇懃無礼に辞退する。 「そうかい、魔女の言葉はいらないかい」 そう言ってお祖母様は蓮の花のように微笑んだ。 |
魔女 言葉 蓮 |
59 | 皇帝を無視して続けたお祖母様の言葉に、更に、王族としての栄光など余は要らぬのじゃと怒る皇帝の言葉に、私は放心する。 私は生贄だったの? だけど、皇帝は更に続けた。 このような者の血など飲むよりチョコレートでも飲んでおいた方がましじゃって……何よそれ。 そりゃ、助かるけどさ。 |
栄光 怒る チョコレート |
60 | 竜旗を立てる。それは皇帝交代の審議を始めるということらしい。 あの後裏口から出された私たちは象に乗って王宮へ戻った。 「そなたはアデルに騙されたのじゃ。ゼリービーンズの木などない」 ワインを口にしながら皇帝が苦笑する。 折り紙で勲章を作れるかと問う皇帝に首を傾げつつ頷く。 |
折り紙 勲章 ワイン |
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No | 小 説 | お題 |
61 | 折り紙の勲章と杏を持って王宮の裏庭へ向かう。 体の痺れは一晩経っても微かに残っていた。恐るべし偽苺。 皇帝は今から私を元の世界に帰してくれると言う。 私、このまま帰ってもいいのかな。 頭に付けてくれたティアラは土産だそうだ。さほど重くないのに心が重い。 庭で竜が待っていた。 |
勲章 アンズ ティアラ |
62 | 色の無い竜は民から祝福されない。 森の外れで羽をたたんで余を待っている竜は寂しげに見えた。 「竜のだって言ってくれたらもっと大きく作ったのに……」 そう言いながら妃奈は竜の首に折り紙の勲章を掛けた。小さなブローチのようだ。 赤と金で折られた勲章は竜にとてもよく似合っていた。 |
森 羽 ブローチ |
63 | 竜の背に乗り空を飛ぶ。 以前と違って少しも怖くなかったのは皇帝から聞かされた話のせいだ。 この世界の魔法使いはすべて魔族の血筋なのだ。だから魔法によって国を統べる王族は魔族と人との混血だ。王族の中には魔族の血が濃くてオニキス色の爪を持つ者や体に鱗がある者もいるらしい。 |
魔法使い オニキス 鱗 |
64 | 怪しむようにグラスを覗きこみ一口含んで吐き出した。 「アレクまだ飲んでなかったのか?」 「テオにやる。こんなもの飲めるか」 弟のテオは肩を竦めた。 魔族の能力は血を飲むことで高められる。血が混ぜられたジュースには気を紛らわす為か造花が飾られてある。弟の愚鈍な舌が羨ましい。 |
怪しむ 造花 愚鈍 |
65 | 「みんな言ってたよ。アレクが血を飲めば始皇帝を凌ぐ力が出るって。飲まずによく力を使えるよね」 テオは血を混ぜた焼き菓子を食べ、お茶を啜る。どちらもアレクの為に用意されたものだ。 「魔力など使わずとも知恵を使えば良いのだ。地を耕す民を見よ。魔力など使わずに田畑を緑にしているではないか」 |
食べる お茶 知恵 |
66 | 「怖いか? 大丈夫ゆえ少し冷静になって下を見てみよ」 私は皇帝にしがみついたまま指した方を見る。 眼下には地平線まで続く豊かな緑野。 「余が望んだ国だ。が、このせいで我国は今危機に直面しておる。正義を貫いたつもりが、何か間違っておったのやも知れぬな」 皇帝は寂しげに笑った。 |
冷静 指 正義 |
67 | 竜の影が地面を這うと、それに気づいた村人たちが仰ぎみて手を振る。 絵本に出てくるような可愛らしい村々だ。 「この国は豊かになり過ぎたのじゃ」 蜂が花に群がるように、隣国の国々がこの国を狙っているのだと言う。この世界には軍隊がない。魔力で国を守っているのだと皇帝は言った |
影 絵本 蜂 |
68 | 前回と違い、恐々ながらも余の指した方を見下ろす妃奈を片腕で支えながら付けてやった髪飾りに軽く口づける。 治世十年。僅か十年でこのような事態になろうとは、民は思いもせなんだろうと苦く笑う。 だが余は余の良心に従おう。 文字どおりヒナのようなこの娘を犠牲にすることはできぬ。 |
髪飾り 文字 従う |
69 | 王国を統べるものとして、万の民より一人の娘を選ぶということが、どれほど愚かなことなのかは分かっているつもりだ。 だがしかし、不遇な扱いしか受けぬ色を持たざる幻獣が、 荒むことなく、人を乗せることをこれほどまでに喜ぶ様を見れば、その存在の貴重さゆえに命を惜しんでしまう。 |
王国 幻獣 喜ぶ |
70 | 触れると仄かに温かくざらりとした竜の背をそっと撫でてみる。竜は嬉しそうに喉を鳴らした。猫みたい。私は小さく笑む。 色眼鏡をかけずに見れば前の竜と何も違わない。 地上で手を振る村人たちの笑顔。竜の色に落胆した官吏たち。広い緑野。皇帝の正義が間違っていたとは思えなかった。 |
触れる 眼鏡 正義 |
71 | 私の話をしましょうかと妃奈が言う。余は困惑気味に頷く。 「私は庶務担当のOLなんです。小さな会社なので何でもやります」 取引先との会合の約束もセッティングも出勤管理まで庶務と名がつけば何でもするらしい。妃奈は女官なのか。 彼女の人格形成には興味がある。余は続きを促した。 |
困惑 約束 形成 |
72 | 「うちの会社の社長は、そりゃ人気の無い方なんです。失敗はすべて人のせい、成功はすべて自分の手柄。そんな人なので、タロットカードの悪魔くらいに嫌われています。だけど雇われの身では、出がらしのお茶を出すくらいの嫌がらせしかできないんですよね」 妃奈は唇に笑みを浮かべた。 |
タロットカード お茶 唇 |
73 | 妃奈は続けた。 「そんなだからうちの社長が左遷されても誰も悲しまないと思うんですよ」 竜を見て泣いた女官たち。気持ちを鎮めるように王冠を磨き続けていた家臣。苛立って足を踏みならした揚句ドレスの裾を踏んづけて転びかけたアデル。 皆、皇帝の治世が終わることを嘆き悲しんでいた。 |
王冠 苛立つ ドレス |
74 | 「何が言いたい?」 難しい顔で皇帝が問う。 「血を吸ってもいいって言ってるんですよ。でもまだ死にたくないので分割払いではダメですか?」 「そなたの血は沈丁花の匂いがして美味なのだ。途中でやめるのは辛いのだがな」って、テイスティング済み? 驚いて見上げた私に皇帝は口づけた。 |
吸う 沈丁花 美しい |
75 | だがそれでは、そなたをこの世界に一生留めることになろう。皇帝は峻厳な表情で言う。幻獣が悲しげに一声鳴いた。 あの……ところで、この突然のキスはどう解釈したら良いのですか? 単なる挨拶ですか? 生憎、この世界でのそれの位置がよく分からないのですが…。 私は動揺して問いかけた |
峻厳 幻獣 憎む |
76 | 妃奈の動揺した瞳に余は微笑む。後ろから抱きしめて耳朶に口づけると更に動揺して耳飾りが揺れた。 「余は美しい女性には大抵口づけることにしておるのだ」 そう言うとまるで諸悪の根源を見るような目で睨まれた。 この国で余をこのような目で見る女は滅多におらぬ。楽しくて仕方がない。 |
抱きしめる 耳飾り 根源 |
77 | 「魔法を使えれば国もあなたの望んだ正義も自分で守れるのに、諦めてしまうんですかっ?」 腹立ちまぎれに私は皇帝に噛みついた。 もしかして私って皇帝にとって特別な存在? 密かに抱いていた淡い期待。 あっけなく否定されて切ない気持で睨みつける。そこ笑うところじゃないでしょ? |
魔法 正義 切ない |
78 | 「余に掴まっておれ」 さっきまで笑んでいた皇帝が、急に険しい顔でそう言った。背中に感じる緊張感。「やつの竜は毒を使うのだ」 皇帝の背後に視線を投げれば、かなり小ぶりながらもやけにカラフルで毒々しい竜が三体。前方に目をやれば、森の向うに竜替えをした山がそびえていた。 |
背中 毒 森 |
79 | 慌てて皇帝にしがみつくと、竜は突然斜め後方にまるで落下するかのように急降下した。 ぎゃ〜。 皇帝の肩越しに追ってきた竜の騎手が見えた。 皇帝そっくりの顔にはプタハ神を表す入れ墨のような痣。そこには勝利を確信しているとでも言いたげな優越感が滲んでいた。もしかして弟? |
入れ墨 勝利 優越感 |
80 | 私たちの乗った竜は森の上すれすれを走るように滑空した。追ってきた竜の一頭が口から何かを発射する。 ひゃあ! 戦車じゃあるまいし、やめてよね〜。 種のようにも見えるその発射物は我々の左脇を掠めて地上に落下した。途端に木が枯れ、ザーッと葉を散らす。え? 私は呆然と見下ろした。 |
走る 戦車 種 |
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No | 小 説 | お題 |
81 | 「大事ないか?」 皇帝が問う。 大丈夫です。でもどうするんですか? こっちは攻撃しないの? そう問い返すと皇帝は困ったように肩を竦めた。 「この竜は攻撃できぬ。砂漠で雨を乞うようなものだ」 色の無い竜は攻撃手段が無いばかりか基礎体力も低いらしい。 怒る……というよりも愕然とする。 |
砂漠 基礎 怒る |
82 | 「妃奈、竜替えの日に泊った小屋を覚えておるな? そなたを下ろすゆえ、自力で大鏡から元の世界に戻れ」 嫌です。 即答する。だってどうやったら良いか分からない。 元の場所に戻りたいと強く念ずるのだと皇帝は言う。私の髪から造花の飾りを一つ抜取ると皇帝は軽く口づけて懐にしまった。 |
嫌がる 皇帝 造花 |
83 | 「私だけ逃げろって言うんですか?」 「あいつの狙いはそちだ」 皇帝は竜の脇腹を靴で蹴って指示を出す。竜は上昇した。 「その証拠に隙だらけの余の背中を狙おうとせぬ。あいつは憎めぬやつなのだ」 試してたの? 「妃奈、近づいて交渉する。そちは隠れておれ」 皇帝は私をマントで包んだ。 |
靴 背中 憎む |
84 | 皇帝に掴まったままマントのすきまからその剛毅そうな横顔を見る。 交渉するって…そんな余地あるのかな。 間もなくしてビックリする程近くから声がした。 「兄上、何をしている? さっさとその娘の血を飲んで魔力を高めるが良い。北の国が動き始めた。国境で一戦始まるぞ」 私は息を呑んだ。 |
掴まる 剛毅 横顔 |
85 | 「この娘は元の世界に戻す。帝位はそちに譲ると使者を送ったであろう?」 「あの様な戯言を寄越すからわざわざ出向いたのだ」 余の大事な箱庭だ。そう言ってたのに諦めるの? 切ない思いで顔を出す。途端にミルク色の霧に包まれた。 隠れておれっ! 皇帝の怒声に私はビクリと身を縮めた。 |
箱庭 切ない ミルク |
86 | 突然霧の中から攻撃がきた。 それは私の足元、竜の翼の付根に突き刺さった。 竜は鋭く鳴き鋼色の体をくねらせて暴れる。今にも振り落とされそうで怖いのだけど可哀そうで見ていられない。思わず手を伸ばすと皇帝に制止された。 「触れるな。そちが触れれば魂を奪われ生ける屍となろう」 |
翼 鋼 奪う |
87 | あの枯れた植物も生ける屍になったの? では……。 驚いて振り向くと皇帝は続けた。 「安心せよ竜は死なぬ。聴け、妃奈。そちが向うに戻れば、あやつも諦めよう。余は帝位を退いて隠者になれば良いのだ」 「でもっ」 「そちの血を吸い余だけ魔力を高めてどうする? 攻撃もできぬこの竜を戦に連れてゆくのか?」 |
植物 安心 隠者 |
88 | 皇帝の言葉に私は唇を噛む。 隠者なんて……似合わないよ。 背後の攻撃をかわすので忙しい皇帝の代わりに竜の様子を窺う。螺子のように皮膚に食い込んでいるのか、植物の種もどきが外れる気配は無い。紫に変色した皮膚が痛々しい。 そうだ、折紙の勲章で擦ったらとれるんじゃないかな? |
螺子 植物 勲章 |
89 | 足元を確認しながら手を伸ばす。後ろにたなびいていた折紙の勲章で擦ると刺さっていた種が外れた。 皇帝が危ないからやめよと言ってたけれど、感謝するように鳴く竜に嬉しくなった私は、更に一歩踏み出した。観覧車でさえ怖かった私が凄い進歩だ。 しかし次の瞬間クルリと世界が反転した。 |
感謝 観覧車 世界 |
90 | 名を読んで伸ばされた手に、縋りつく指先は滑り抜けた。 自分が落下していることは理解できるんだけど、何もかもがスローモーションのようで、意のままに動かぬ体に苛立つ。 網膜に焼けつく夕日の朱。耳元を掠める風鳴り。 三度悲鳴を轟かす竜。 思ったよりも高く飛んでいたことに今頃気づく。 |
理解 苛立つ 夕 |
91 | 私の声は夕空に吸いこまれていった。 夜になったらもう私は見つけてもらえないかも。 瓦礫の中と森の中、探すのはどっちが見つかり易いのかな。そもそも探してもらえるのかな。「アレク」なんて皇帝を呼び捨てにしたから怒って探してくれないかも。そんな妙な心配ばかりが脳裏を掠めた。 |
夜 瓦礫 心配 |
92 | この巨大な竜では追いつかぬ。知識では分かっているのに、落下する妃奈を追うように指示を出す。しかし竜はそれを拒絶した。 何故だ? あれほど妃奈になついておったのに。 歯がゆい思いで再度指示を出す。竜は鋭く三度鳴いた。 刹那、鋼色の体が明滅し、林檎飴のような深い紅に変色した。 |
知識 鋼 林檎飴 |
93 | 私はいつもこうだ。タロットカードの愚者のように足元の崖に気づかない。観念して目をギュッとつぶった途端、私の体はふぁさっと柔らかな羽毛の上に着地した。 アメジスト色の優美な翼だ。 慌てて体を起こすと、上空から急降下で舞い降りてきた紅竜に跨った皇帝の安心した横顔が見えた。 |
愚者 安心 横顔 |
94 | 山頂の湖畔に五体の竜が集まる光景は圧巻だ。 竜は私を下ろすと、つま先近くにあった青い百合の花をパクリと食べた。 あの後、皇帝が乗った紅竜は鋭く一声鳴き、それに従うように他の竜もこの場所を目指して飛んだ。 この紅竜は本当にあの色の無い竜なんだろうか。私は恐る恐る近づいた。 |
つま先 青 百合 |
95 | 「そちは何故余の言うことを聞かぬ? 危ないと申したであろうっ」 紅竜から舞い降りた皇帝にいきなり怒られた。まるで調整されていない機械にでもなったかのような皇帝に、肩を掴まれてガクガク揺さぶられる。 「ご、ごめんなさい」 謝った途端強く抱きしめられた。私も強く抱きしめ返す。 |
怒る 調整 機械 |
96 | 「何だ? この奇妙な竜は……」 背後で放心した声がする。彼が皇帝の弟のテオらしい。私を助けてくれた紫竜を審判員のように眺め回している。 夜の帳に包まれ始めた湖で、喉を鳴らして水を飲んでいた紅竜に紫竜は近づくと、その傷口に口を寄せて息をかけた。 途端に傷が痕跡もなく消えた。 |
放心 審判 夜 |
97 | 優越感を含んだ目で紫竜を見つめる。 この子は私の竜ってこと? その時、皇帝にぐいっと腕を引っ張られた。しばし二人にせよとテオに言い残すと小屋に入る。 マグカップからのぼる湯気と窓から覗く一番星。 「それを飲んだら、そちは元の世界に戻れ」 皇帝は唐突にそう言った。どうして? |
優越感 マグカップ 星 |
98 | 「そちは自分の世界に戻れ」 皇帝は怒ったような口調で言う。 「え〜なんで? 嫌ですよ。紫竜は私のでしょう?」 しかし皇帝は続けた。 「余は皇帝だ。民は余の命令をきくものぞ」 いつになく強硬な皇帝に私は反発する。 「私はあなたの民ではないですっ」 琥珀色の夕陽が部屋に淡く差し込んだ。 |
皇帝 怒る 琥珀 |
99 | 妃奈を強引に帰したいのはこれから起こることが分かっているからだ。 あれは戦のなんたるかを理解しておらぬ。勇気の有無ではないのだ。余は妃奈を巻きこみたくない。そう、例え鎖につないででも……。 「そうであったな。そなたは余の民ではない。では余が守る必要もないということだ」 |
理解 勇気 鎖 |
100 | 「分かるか? そなたは今他国の皇帝の手に堕ちたということだ」 皇帝の冷徹で残酷なもの言いにびびって私は後ずさる。 「いたっ」 強い力で腕を掴まれて思わず涙ぐむ。 皇帝の、いつもはラピスラズリのような深い藍色の瞳が菫色に変わっていた。刹那首筋にたてられる鋭い牙。 やめてっ |
残酷 びびる 菫 |
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No | 小 説 | お題 |
101 | 余には、親兄弟にも話しておらぬ秘密があった。 蝋燭の黄色い光が揺れる廊下を気を失った妃奈を抱いたまま歩く。 血を呑むとその持ち主の記憶が見えるのだ。 かつての宰相が父である前王を謀っていたことも、女官の一人がアデルを密かに亡き者にしようと画策していたことも、余は知っていた。 |
蝋燭 黄 記憶 |
102 | 玉座にふんだんに埋め込まれた瑪瑙は血そのものだ。恨めしげに処刑された宰相や女官や間者達。玉座は常に地で汚れている。 ここはそのような世界だ。 妃奈が余の元に召喚された時、血を飲むだけ飲んだら即刻処分するつもりだった。血の穢れを知らぬ彼女の記憶。それは新鮮な驚きだった。 |
瑪瑙 恨めしい 世界 |
103 | 柊に妃奈が作った色とりどりの折鶴が飾られていた。侍女は鶴にいたく感心していたようだから、気を利かせて飾ったのだろう。 侍女は知らぬことだろうがこれは妃奈の国の呪術だ。手櫛で髪を整えてやりながら話しかける。 「そなたの願いは必ず叶えてやろう。しばし大人しくしておれよ」 |
柊 櫛 鶴 |
104 | 「兄上、何故あの娘を連れて来ない? 紫竜がいるのに……」 隣を飛ぶテオが不満そうに話しかける。北へ向かうは飛竜中隊。飛竜軍は王族のみが操ることのできる最強の軍だ。 真鍮のベッドに横たわるベルベットの手触りの肌と沈丁花の匂い。あんな大事なものを戦場などに連れて来られるか……。 |
真鍮 ベルベット 沈丁花 |
105 | 妃奈が紫竜を呼んでしまった時点で、すぐにでも元の世界に戻すつもりだった。竜の使い手になれば危険が増す。王族でもない彼女が何故竜を呼べたか。 答えは一つ。竜が妃奈を王族と認めたからだ。 余のせいかもしれぬ。 少し緊張気味に背後を振り返ると王国を掠めるように流れ星が流れた。 |
緊張 王国 流れ星 |
106 | 紅竜となった余の竜は、赤い体躯に金色のトサカを持っていた。 妃奈が作った勲章と同じ色なのは偶然か。 赤は炎を扱う竜の特徴だが、金色のトサカは他の竜を従わせる力を持つ非常に珍しいものだ。始皇帝の竜は全身が金色だったと聞いている。 オリーブ色の瞳が甘えるように余を振り返った。 |
金 オリーブ 甘える |
107 | 愛しむように竜の背をたたく。 視線が妃奈を探しておるようなのは気のせいか? 「よいか? 妃奈がドレスのままそちの背中に乗って安全な世界を守る為の戦だ。頼むぞ」 余の言葉に竜はキュッと小さく鳴いた。妃奈め、随分と竜を手なずけたものだ。 ならぬの言うたのに中庭にかよっておったな? |
愛しむ ドレス 世界 |
108 | ぼんやりした視界に折鶴で美しく飾られた柊の木がとび込む。 慌てて起き上って頭を抱え込んだ。クラクラする。 私はいつの間にか王宮の一室に居た。召喚されてすぐに与えられた部屋だ。 しまった気を失ったんだ。皇帝ってば、私を置き去りにするつもりだった? 悔やんで再び頭を抱え込む。 |
美しい 柊 悔やむ |
109 | 紺色の絵具を溶かしたような夜に輝く月。ドアの外には衛兵。 私は監禁されていた。食事を運んでくれた女官に尋ねる。 「皇帝は?」 「もう国境にお付きになる頃でしょう」 信頼が深いのか不安な様子はない。 とても美しい女官だ。 ふとした好奇心から訊いた私の問いに、彼女はひどく驚いた。 |
絵の具 月 驚く |
110 | 「妃奈様、陛下はそんなこと戯れでもなさいません。何故そのような事を?」 女官が哀しげに問う。 だって皇帝が言ったんだもん。綺麗な女性にはキスすることにしてるって……。 窓の外に流れ星が流れる。 陛下は時々そんな表現をなさいますよ。お好きな方をからかう時にね、と女官は笑った。 |
哀しい 流れ星 表現 |
111 | どうしよう。涙が止まらない。あれは夢じゃなかったの? 私がドレスを着たまま竜に乗れるような、そんな平和を手に入れてくると皇帝が言ったのは。 揺れる灯火に照らされた折鶴に祈る。 どうか皇帝が無事で戻りますように。 ミルク色に光る月の向うから一頭の竜が現れたのはその時だった。 |
涙 火 ミルク |
112 | テオの情報によると、北の国の国王の乗騎は黄色。雷竜だ。 角があるのだが、常に飾り布で覆われていて誰も見たことが無いらしい。 国王が角を誰にも見せないので、本当は角は無いんじゃないかとか、実は角は独立していて勝手にしゃべりだすので隠してあるという怪談めいた話まであった。 |
黄 角 怪談 |
113 | 国境を隔てた河の両岸で睨みあう。しかし当方の竜軍は錯乱状態にあった。 相手方の乗騎の数の多さに圧倒されたからだ。 これほどの軍備があったなど聞いておらぬ。動揺が連鎖して、わが軍は著しく浮足立っていた。技の多彩さでは引けをとらぬだろうが、これでは多勢に無勢だ。 どうする。 |
錯乱 鎖 技 |
114 | 振り返ると、テオが驚いた表情で固まっていた。余の視線にうろたえて首を振る。 テオはこの軍隊の存在を知らなかったらしい。 死神のような黒衣を纏った北の国王から放たれる気に、余は何か不思議な感触を覚えていた。否、国王というよりもその乗騎の竜からかもしれぬ。 かつてどこかで……。 |
驚く 死神 感触 |
115 | 戦闘の口火を切ったのは北の国王の竜の咆哮だった。 当方の乗騎が挑発に乗るように攻撃を仕掛ける。途端に水晶のような氷の結晶が我軍目がけて吹きつけてきた。 瞬時に紅竜に火炎を吹かせたがすぐに後悔した。負傷し醜悪な怒りに身を任せた互いの兵士達が一気に戦乱へと突入したからだ。 |
水晶 後悔 醜悪 |
116 | 宮殿目指して飛んできた竜は痛手を受けて無残な様子だった。 ヨロヨロと乱高下を繰り返し塔にぶつかり、宮殿の庭に降り立つと同時に翼を地面に打ちつけて倒れた。転がるように降りてきた小柄な人影。 私の部屋からだと遠くて定かではないのだけれど、 あの手袋はアデルではないだろうか。 |
痛い 塔 手袋 |
117 | アデルは連れて行くんだ。ふーん……という嫉妬心はとりあえず胸にしまい、 大広場へ忍び込んだ。 部屋を監視していた衛兵が居なくなったのだ。 城の守りを固めること、最悪、生き延びることだけを考えること、アデルは憔悴しきった翡翠色の瞳で皇帝からの伝言を伝えた。 月が冷ややかに輝く。 |
嫉妬 翡翠 月 |
118 | 気がつくと勝手に足が動いていた。 最悪? 最悪って何? 呆然としたまま佇む私に、アデルが歩み寄り手を取った。 「あなたにも陛下より伝言です。一刻も早くエル国へお戻り下さいとのことです」 長々と留め置いてしまったことすまぬ。この国のことは忘れ、貪欲に生きよって……何それ……何それ。 |
歩む 手 貪欲 |
119 | 冷静じゃなくなったのは自分でも気づいてた。モヤモヤとした気持ちが星雲のように渦を巻く。 貪欲に生きよ? アレク、あなたがそれを言いますか? 握った拳がぷるぷる震える。精神論なんてクソくらえです。物質主義の何が悪いんです? 私はOLなんです。給料分は働く、それが正義ですっ |
冷静 星雲 物質主義 |
120 | 私が簡単に諦めると思ったら大間違いよっ。 私は広間から自室にとって返すと着なれたパンツスーツに身を包んだ。 運命の輪など自分で回すもの。 「ちょっと貴女何してるのよ」と言うアデルに微笑みかける。 ちょっと行ってくるね。 そう言った途端、雲の切れ間に紫色の影が浮かび上がった。 |
諦める 運命の輪 雲 |
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No | 小 説 | お題 |
121 | 舐めてた……認める。 「そんな顔しないで? ここは王エルに任せなさい」 と気持ちよくアデルに言い紫竜の背に乗ったけど、一瞬にして後悔していた。 王国がもうあんなに小さい。耳元で吹奏楽器のように風が鳴る。 ねぇ、もう少し低く飛べない? そう言うと紫竜は一気に高度を下げた。 ぎゃー |
舐める 王国 楽器 |
122 | 慈悲の欠片もないという言葉は紫竜の為にある。 私は竜の背中を這って手綱の位置に戻った。あれから何度落竜したことか。 竜はまるでボール遊びのように私を落としてはキャッチするを繰り返した。 必ずキャッチできるのは分かった。もうやめて! ミルクココアでもゆっくり飲みたい気分だ。 |
慈悲 這う ミルクココア |
123 | 月光が照らす国境の河原は焦土と化しており、 未だ炎があちこちで上がっていた。 「妃奈っ」 呼ぶ声とともに感じた視線に感謝の色はない。 ありゃ怒ってるな。でも良かった無事だ。 ふと視線を落とすと紫竜の地肌が淡く光っていた。知識として青系は癒しだと聞いているけど、これは一体……。 |
視線 感謝 知識 |
124 | 鱗状の地肌が淡く蛍光に明滅する。 紫竜は味方の陣地に降りると、白い霧のような息を吐き散らした。王国内で見かけたことのある兵士達が一気に生気を取り戻す。 来て良かった。 一人ニンマリしていると、襟首を掴まれて紫竜から紅竜へ引き上げられた。 「何をしておるのだ! そちはっ」 |
鱗 吐く 王国 |
125 | 無茶なことを。 叱る言葉はほぼ耳に入らない。慕う気持ちが膨らんで、嬉しくて仕方が無かった私は、皇帝の胸に顔をボフと埋めた。 「ここまで包囲されておるのによく陣に降りられたな」とあきれる皇帝に、 辺りを見回すと、月明りの下、何千騎もの敵竜に囲まれているのに気づいた。 あれ? |
言葉 慕う 月 |
126 | 不安定な体勢に慌てて紅竜の背びれに掴まると不満そうな顔に引き寄せられた。 「余に掴まるが良い」 マントに包まれてやけにドキドキする。 何故来たのだ? 皇帝の問いかけに 「陛下が望んだ国を私も守りたくなったんです」と答えると笑われた。 「そちが陛下などと呼ぶと気味が悪いな」 |
不安定 不満 マント |
127 | 冷静なチョコレート色の瞳に釘づけになる。嬉しかったのだ。 王冠を揺らす勢いで笑ってから、ふと眉間にしわを寄せた。 「またそのような胡乱な服装を……」 これは向うの世界の戦闘服ですと説明する妃奈に 「まぁ良い。王宮へ戻れば早々に寝所にて脱がすからな」 と言うと面白い程に動揺した。 |
冷静 チョコレート 王冠 |
128 | 焦燥感から今まで疑問に思わなかったのだが、これほどの大軍で包囲しながら何故一斉攻撃してこないのか、何故妃奈は易々と陣に降りられたのか。 考えられる手があった。それならば勝利できるやもしれぬ。 まずは紫竜の能力を確認する必要がありそうだ。妃奈に紫竜を呼ぶよう指示を出す。 |
焦燥 勝利 手 |
129 | 体毛のせいで地肌が見えぬのだなと呟きながら、皇帝は紫竜の体に手を這わせた。真珠色の地肌は蛍光を発していない。 「あれ? おかしいですね。さっきは光ってたんですよ?」 そう言いながら私が紫竜に触れた途端、地肌が蛍光を放った。 ほらね? と見上げた瞬間、陣全体の人々がどよめいた。 |
皇帝 這う 真珠 |
130 | 紫竜が光を発した途端、包囲していた敵の竜騎が多数変化した。 空中に浮く折鶴や折紙でできた動物たち。その紙には文字がびっしりと書き込まれていた。 「幻覚だったのか」 呆然と呟く皇帝の隣で、私もポカンと口を開ける。 漢字じゃん? 経文か漢詩のような文言がびっしりと書かれていた。 |
折り鶴 動物 文字 |
131 | 幻覚が解けると竜騎の数は五分五分になった。 余は傍らにあるマシュマロのように柔らかな体を引き寄せ抱きしめた。 「そちがもたらした幸運だ。必ずや栄光をもぎ取ってこよう」 余は持っていた剣で自らの手首を軽く切りつけた。 滴り落ちる血を妃奈に差し出す。 「お守りだ。含むが良い」 |
マシュマロ 抱きしめる 栄光 |
132 | 「いえ、そんな畏れ多いもの口にできませんよ〜」 はぐらかして目を泳がせる。 「そちの体に余の血がある間、余はそちを見失わぬ。その為だ」 え? GPS? それでも躊躇っていると、いきなり口移しで飲まされた。 うわぁ血飲んじゃった。 涙目になる。皇帝の血は甘やかで薔薇の香がした。 |
はぐらかす 涙 薔薇 |
133 | 王冠を直しながらチラリと妃奈を見る。 嫌がっておるのは血か口移しか……何れにしても大概失礼な奴だ。余が自らの血を分け与えるなど滅多にないことだ。光栄ですと感涙にむせんでも良いところなのだが。まぁ、こやつはこの国の者ではないからな。 小さく溜息をつくと対岸の砂漠を睨んだ。 |
王冠 嫌がる 砂漠 |
134 | 血を飲んだ事に動揺していたけど、よくよく考えると……いや少し考えれば、飲み方の方にこそ問題があったのでは……。 耳まで赤くなって俯いていると 「では行く。そちは紫竜に乗り余の後ろにつけ」 頭を撫でられた。そちの髪はオブシディアン色で触り心地が良いなという言葉に更に赤くなる。 |
耳 撫でる オダシディアン |
135 | 戦いは永劫に続くんじゃないかと思われた。 火炎や氷や水や雷を使って戦いを挑む竜とそれを操る騎手。吹きつける熱風。轟く雷鳴。 私も何かしなくちゃと焦るんだけど、オロオロと皇帝が乗っている紅竜の後を追うので精一杯だ。お酒を飲んだわけでもないのに胸が熱くてドキドキしていた |
永劫 挑む 酒 |
136 | 力尽き横たわる青竜。黒焦げになったかつて人と呼ばれていたもの。 紫竜と一緒に荒れ果てた河原を歩く。可能な限り見つけ出して手当てをした。捕虜の数は百を越えるとか。 これが戦いだ。勝っても負けても苦い。 貪欲に生きることが悪いこととは思わない。だけど……これはあまりにも痛い。 |
歩く 手 貪欲 |
137 | まだ戻らぬつもりか? 剣を構えて辺りを警戒する皇帝の横顔が心配というより不安そうに見えた。黙って俯く私の頭に温かい掌が乗る。 「そちには戦場を見せたくなかった。無垢な記憶を汚してしまった。そちは……こんな血塗られた玉座にいる余が嫌いになったであろうな」 皇帝は弱く笑んだ。 |
剣 横顔 心配 |
138 | 月光に照らされた皇帝の影がやけに淋しそうで私は悲しくなる。彼は生まれてからずっとこんな風に玉座を守ってきたのだろう。 「陛下が……無事で良かった」 ただそれだけの言葉に胸が痞えて涙が零れた。 「……妃奈、余が授けた鳥のティアラだが、やはりやらぬ」 は? 何そのリアクション……。 |
月 鳥 ティアラ |
139 | 羽の模様が刻まれたティアラは宮殿を出る前に侍女が付けた。スーツには似合わないと言うのに、やけに強固に付けろと言い張ったのだ。 皇帝がティアラを掴むと櫛の部分が髪に引っかかる。 「痛っ、やめてくださいよ〜自分で外しますから」 傍らの紫竜から手を離した途端、景色が一変した。 |
皇帝 掴む 櫛 |
140 | ジリジリと目覚まし時計が鳴っている。私は慌てて飛び起きた。 え? もう7時? 会社っ! 遅刻だーっ。朝ご飯を食べる時間がないっ。 サファイア色の石がはめ込まれた王冠付の宝石箱が、ふと目に止まって首を傾げる。 私、何か忘れてないか? 皇帝? その時、首筋に鋭利な刃物が突きつけられた。 |
食べる サファイア 皇帝 |
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No | 小 説 | お題 |
141 | 後悔は一瞬にしてやってきた。 呪具であるティアラを外す事など後でも良かったのだ。こと切れて横たわっていたはずの竜の角が闇の中蛍光を発し、蓄音機から流れ出たようなくぐもった幽かな声を上げた。 ふと気づけば、喉元に鋭利な剣を突きつけられた妃奈がいる。 しまった! 油断したか。 |
角 闇 蓄音器 |
142 | 首筋に当たる剣に凍りつきながら僅かに視線を上げる。 しかし後ろの男を見た途端瞠目した。魚系横顔。疑う余地もない。諸悪の根源だ。でも、何故アンタがここにいるの? 「またお前か。何故おまえがここにいるんだ?」 魚顔支社長が迷惑そうに顔を顰めた。 迷惑なのはこっちなんですが……。 |
魚 疑う 根源 |
143 | どこまでも邪魔な奴だと、躊躇いなく魚社長が剣を首に突き立てたのと 「妃奈っ」 名を呼んで皇帝が私に手を触れたのと、どっちが先だったろうか。 真っ逆さまに落下したような気がした。 逆回りする時計。様々な色の絵具を混ぜ合わせたパレットの上の混沌。 気がつくと私は会社の倉庫にいた。 |
時計 色 絵具 |
144 | 運悪く社長の不倫現場を目撃したのは先月だ。 散々威して口止めした癖に、猜疑心の強い彼は私を倉庫管理に配置換えした。 こんな会社やめてやるっ……とカッコ良く言えないのは、ひとえに金の為だ。 どうせやるなら知識つけてやるとばかりに資料整理をしていた私は、ある日裏帳簿を見つけた。 |
猜疑心 金 知識 |
145 | 何これ。もしかして裏帳簿? ううん。架空会社の帳簿だ。 払込先を確認する。 魚だよ……。 ゲンナリした瞬間耳元からプラチナ色の何かが羽ばたいた。振り向いて驚く。 魚だ! 「またお前か、どこまでも邪魔な奴だ」 同じ言葉をどこかで聞かなかったか? 王国? あれ? 非常にヤバい状況だよね? |
プラチナ 驚く 王国 |
146 | 後になって、なんて愚鈍だったんだろうと思うことはよくある。 相手が怪物だということにも気づかずに、誰にも言いませんからと引き攣りながら逃げるように私は歩きだした。 これじゃ帳簿に気づいたことがバレバレだ。 突然背後から私の腕を掴み魚がほざいた。 「君がやったことにしよう」 |
愚鈍 怪物 歩く |
147 | 振り向いた私の首には既に紐が掛けられていた。 どこから紐が……。 ギリっと絞められて星が飛ぶ。 誰か助けて! 「アレクっ」 ふいに口をついたその名に応じるようにドアが荒々しく開いた。途端に分厚い本が飛んできて魚に当たる。 放心したように見上げると、そこには見知らぬ男が立っていた。 |
星 放心 本 |
148 | 助けてくれた老紳士に、お礼を言う間もなく、 待っていた黒塗りの外車に乗せられた。とあるビルの最上階。ドアを開けるなり不満そうな声が飛んできた。 「遅いっ!」 部屋には菫色の優美な鳥が止り木に止まっており、その木の支柱には創造神プタハの精緻な意匠が彫り込まれている。 プタハ? |
不満 菫 創造する |
149 | 「遅い遅い遅いっ」 やはり俺が行くべきだったと激怒オーラ全開で近づいてくる大男に、私はビビって老紳士の後ろに隠れた。 誰? この人、恐いんですけど。 老紳士は動じることなく森を吹く風のように爽やかに勝利報告する。魚支社長の処分報告も軽やかだ。 大男が回り込んで私の腕を掴んだ |
激怒 森 勝利 |
150 | 「妃奈、そちは大事ないのか?」 気遣わしげに覗きこむ大男の瞳はラピスラズリ。 え? まさか 「皇帝?」 でもその格好は? ビジネススーツ? 絹糸のような金髪は短く整えられている。 「違うのだ。こっちの俺はそのような大した地位にはおらぬのだ」 声をひそめる皇帝に、老紳士が笑いだした |
気遣う ラピスラズリ 絹糸 |
151 | CEOが大した地位ではない? ではお嬢さんの言うように皇帝にならねば、と笑う老紳士を横目に、皇帝は私を抱きしめて耳元で囁く。 「慌てて逆召喚すれば、こちらでも殺されそうになっているのはどういう事か。そちを助けるのにどれだけの知恵と力を使ったと思うておる。困ったやつだ」 |
抱きしめる 耳 知恵 |
152 | 頭頂部にギュワッと掴まれるような痛みが走って手をやると、指に鳥の羽がワサワサと触れる。紫色の孔雀のような大きな鳥だ。 王国から一緒についてきたのだと皇帝は肩を竦めた。 え〜? これもしかして紫竜? こんなに小さくなっちゃって……。 では戻るぞと耳元で囁く皇帝に私は呆然とする。 |
痛み 指 王国 |
153 | 皇帝の話を聞いて愚者になったように呆ける。 本当のCEOは老紳士の方なのらしい。しかもうちの会社の本社のだ。 安心せよ魔法で入れ換わっただけだ。いずれ元に戻すと悪戯っぽく笑む横顔に更に呆ける。 ところで、向うの世界に行ってる間の時間が経ってないのはどうして? これも魔法? |
愚者 安心 横顔 |
154 | 皇帝だけは、こっちの世界の時間軸を自由に動ける。それを利用して今回の小細工をしたらしい。私の場合は、行った時間に戻れるだけなのだそうだ。 なんだかつまらない。 用意されていたティーカップに沈む太陽のようなこっくりと紅いお茶を入れる。 何やら考え込んでいる背中に声をかけた。 |
ティーカップ 太陽 背中 |
155 | 考え込んでいる皇帝に紅茶を勧める。 何事か問うと、ドアを気にしながら声を低めた。 「余は召喚時に自らが移動したことが無い。実は帰り方が分からぬ」 え? 「そなたのせいだぞ? そもそも……」 恨み事を並べたてる皇帝を背後から抱きしめた。頬に唇を寄せる。 「ありがとうございました」 |
ドア 唇 恨み |
156 | 感謝の言葉に、皇帝は振り向いて私を膝の上に座らせた。 「皇帝? あの畏れ多いんですが……」慌てる。 「妃奈、皇帝ではない」 あぁ、そうだった社長だ。そう訂正すると、皇帝は私の首筋に唇を寄せて秘密を囁くようにそれも違うと否定した。 「アレクと……」 微笑む青い瞳に吸い込まれそうだ。 |
首筋 秘密 微笑む |
157 | 荷物のように運ばれたのは続き部屋のベッドの上だった。 「皇帝?」 慌てて起き上ると肩を押された。 「この唇はいつになったら余を正しく呼ぶのだ?」 皇帝の膝の重みでベッドがぎしりと沈む。溶けた鉄にも似た温度の血が体を駆け巡る。 「恐れるな」 固まる私に皇帝は困ったように笑んだ。 |
唇 鉄 恐れる |
158 | 妃奈を押さえつけ指を絡ませる。 何故だ? 分からぬ。 こっちの世界に来て色々な事が便利になったが一番便利になったのは余の能力だ。血を飲まずとも両手で触れればその者の記憶が見えるのだ。 妃奈が痛みに顔を顰める。 あの魚野郎は何をした? 王国の事よりも気になるのだ。仕方無かろう。 |
指 傷む 王国 |
159 | 横領の罪をきせられ殺されそうになっただけだと説明されても、なお疑って、知りたいという欲望のまま触れる面積を拡大する。余の知る魚支社長はとんでもない奴だからだ。 だが、いつのまにか触れる肌の感触に夢中になってどうでも良くなり、恋しいと思う気持ちだけが、夜の帳に増大していった。 |
欲望 恋しい 夜 |
160 | ふっくらご飯に焼鮭、お揚げと大根の味噌汁、糠漬けまで付いた和朝食。 食卓で微笑む皇帝だけが浮いている。 余の言葉を信じぬのだと言うので、私が簡単に描いた王国の地図に見入っている老紳士は、会長だそうだ。事情を話してあるのは彼だけらしい。 しかし、会長自らの救出だったのか……。 |
朝 微笑む 地図 |
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No | 小 説 | お題 |
161 | ベルベットの泡が立ったお抹茶には、見事な細工物のような和菓子がついている。ニマニマしながら賞味していると、時計が八時を告げた。 「はっ、会社! 遅刻!」 ガタンと立ちあがった私に元皇帝現CEOが笑った。 一緒に行けばよい。今日から配置換えだから。 え? 私元の部署に戻れるの? |
ベルベット 茶 細工物 |
162 | 元の部署に戻れるという期待は外れた。 抜本的な経営見直しを行うと支社に乗りこんできた元皇帝現CEOは、私を専属の秘書にした。慌ただしく調整に追われて後の夕刻、休息中の皇帝が突然私の額をつついた。 「髪飾り! そちに渡したティアラはどうした? あれがあれば帰れるやもしれぬ」 |
期待 額 髪飾り |
163 | そう言えば、魚が来た時に耳元から何かが羽ばたいたような……。 あの髪飾りは、鳥のティアラと言って本性は鳥なのだそうだ。危険を察知して逃げたようだ。呪具の一つで、召喚補助や手紙のやりとりに使う。官吏が私に持たせるよう説得したらしい。時間が経てば戻って来ようと皇帝は笑んだ。 |
髪飾り 手紙 時間 |
164 | 戻れるんだ。 放心気味に呟く。 あれ? でもこっちはどうなるの? 会長がCEOに復活? 「向うはテオがいるから心配ない。子でも作ってから帰るか?」 耳元で呪文を唱えるのはやめてください。 「あ、明日のスケジュール調整してきます」 でも逃げる退路は断たれて腕の中に閉じ込められた。 |
放心 呪文 調整 |
165 | 老紳士は自室に置いてある鳥籠を覗きこんだ。 サファイア色の瞳をした銀色の鳥は、彼が近づくと可愛らしい首を傾げてピルルと鳴いた。 「おまえを放すのは子が出来てからになりそうじゃよ。それまではちと不自由じゃろうが、理解しておくれな?」 老紳士は歌うように楽しげに話しかけた。 |
サファイア 放す 理解 |
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